だいだらボッチの激安おでかけバンザイ

都内近郊に(たまに遠出)出かけた時の戯言が多めで9割9分がひとり行動、そして無料・安い料金で楽しめるスポットに訪問しております。僕の記事を見て「行ってみたい」「以前行ったけどまた行きたくなった」と感じて頂けたらとても嬉しいです。

落ち武者なんだって?

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仕事が嫌になり疲れ果て職場のトイレの扉を開けたら、光に包まれ過去にタイムスリップしてしまう事をよく妄想してしまいます。
やっぱり人気の時代は戦国時代や江戸時代なのでしょうか?逆に縄文時代は狩猟中心の生活でしんどそう…なので本日は間(あいだ)を取って古墳時代へタイムスリップ、場所はさきたま古墳公園です。

※写真は出土品の埴輪
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アクセス

現地までのアクセスは色々とあるみたいですが

トップページ - 埼玉県立さきたま史跡の博物館

私はJR高崎線「行田駅」東口から市営循環バス(150円)で訪問。本数は少なめですが公園前に停留所があり、降車後すぐに古墳散策が出来ます、こちらが時刻表。
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左周りが約15分・右周りが約35分

タイムスリップするのにも色々と時間を合わせなければなりません。

駅前の観光案内所にレンタサイクル(500円)がありますが、土地勘が無い事と久々の自転車でコケたりでもしたら明日のバイトに差し支えるので今回はパス。。
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日雇いは有給も労災もありません

10時20分発(左周り)のバス、とても絵心のあるラッピングバスです。
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埼玉古墳公園前バス停に到着、公園のど真ん中で駐車スペースもたくさん、ここが入口的な場所なのでしょう。
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真ん中の道路を境に左側がメジャー古墳群で右側がマイナー古墳群と勝手に決定。f:id:earth720105:20191010162251j:image

左側メジャー古墳群

愛宕山古墳
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メジャー古墳群で最初にお目にかかる古墳ですが、(さきたま古墳群で)一番小さく、そして偏見ですが一番見栄えのしない古墳、バス通り沿いでただの公園度が更にアップ…初っ端がこれだと観光地的には辛いんじゃないか?と余計な事を心配してしまいます。

まぁ次に期待という事で、お寺のお墓を横切って次の古墳を目指しました。f:id:earth720105:20191010170337j:image

いやぁ~今日は秋晴れの良い天気ですね
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二子山古墳
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埼玉県で最大の前方後円墳との事です、そんな埼玉限定で語られても…と素直に感動出来ない僕がいます、二つの山に見えるから二子山なのかな?と勝手な事を考えながら眺めておりました。

 

丸墓山古墳
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ようやくメジャー級古墳の登場です

直径105mと円墳では日本最大、出土した埴輪から6世紀前半頃に作られたと推定されており、古代へのロマンを掻き立てられます。
そして時代は流れて1590年、豊臣秀吉の命を受けた石田三成の軍が近くの忍城を水攻めにした際に古墳の頂上に陣を張り、堤を作って川の水を城に流し込んだそうです…ひどい男です。。
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石田堤(いしだづつみ)
この一段高い桜並木は、天正18年(1590) に豊臣秀吉の命を受けた石田三成が、忍城を水攻めした際の堤の一部です。長さ28km(一説には14km)に及ぶ堤をわずか5日間で築き、利根川と荒川の水を流入させたと言われています。三成の陣は丸墓山古墳の頂上に張られました。

 

矢印が忍城、えげつなく水攻めしたにも関わらず城を落とす事は出来ませんでした。
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1600年の関ヶ原にタイムスリップして敗軍の将石田三成に「落ち武者なんだって?」と語りかけたい気持ちになります。

城を落とせず10年後は落ち武者になるとも知らずに、三成もトボトボと階段を降りていった事でしょう。
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稲荷山古墳
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超メジャー級古墳
5世紀後半頃、この古墳群のなかで最初に作られた古墳との事、貫禄ある佇まいで当時に行ってみたい気持ちになりますが、どうせ行っても(古墳を)作らされる側の人間になる事でしょう。。
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古墳時代1「大和朝廷の日本建国」 - 日本が好きになる!歴史全授業(小6・中学)

前方後円墳の美しいフォルム、石田三成もお隣で陣を張りながらヒマな時に登ってみたのかも知れません。
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ここら辺の下から国宝がざくざく出てきたみたいです、近くのさきたま史跡の博物館で見る事が出来ます。
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反対側はより田舎感のある眺め
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将軍山古墳
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横穴式石室が発見され、多数の副葬品が出土された事もあってか、埴輪の装飾と展示室が設けられております、展示室は博物館と併用の入場券(200円)。
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結構リアルな展示、ただ何だか埴輪で装飾した古墳だったり、中に入ると博物館っぽく石室の再現があったりで、作為的なあざとさを感じてしまうのは僕だけでしょうか??
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さきたま史跡の博物館とその周辺

一旦バス停まで戻りました、これから博物館周辺とマイナー古墳群の散策です。


はにわの館
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玄関ではかわいいはにわ達が並んでお出迎え「こんにちは!」って言ってる気がします。f:id:earth720105:20191011074556j:image
中ではお子ちゃま達が一生懸命にはにわを作成
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はにわ作り体験(行田市はにわの館)
粘土1kg600円 ⇒ 500円
粘土2kg1,000円 ⇒ 800円
※はにわづくりから焼き上がりまでの料金が含まれます

 

瓦塚古墳
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博物館と休憩所の近くにあり道路沿いな事もあるのでしょうか?向かいの愛宕山古墳同様に、何だか公園に毛の生えた程度の古墳だな…と思っておりましたが、さきたま史跡の博物館に入ってみると
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何とここからはオモシロ埴輪が数多く出土されたみたいです。
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瓦塚古墳見直しました、一気に好きになってしまいました。

 

そしてこれが稲荷山古墳出土の国宝「金錯銘鉄剣」
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ガラスの中で空調に気を配っての保存、小学生の遠足の時に見たまんまの姿で保存されており懐かしい気持ちになりました、まぁ1500年の年月にくらべれば40年なんぞはクシャミ程度なのかも知れません、しかしどうやって剣に文字を刻字したのでしょう?今度ググってみます…あと撮影可ですがフラッシュと接写はダメとの事。

 

こちらも国宝の剣ですがもう木の枝状態になっております、係員さん曰く上からの撮影はダメで横からだとOKとの事です…意味分かんない(゚o゚;
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定期的に勾玉作りも行っております、はにわのイラストがかわいい。
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旧遠藤家住宅
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瓦塚古墳の隣には藁葺き屋根のレトロ住宅があります。埼玉県幸手市にあった家を移築した様で、何だかこの前訪問した「江戸東京たてもの園」を思い出しました。

縁側で休憩できます
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住宅の中も見学可、昔の家の間取りなんかより、暗い中でもちゃんと撮影できる今のスマホカメラ技術に感動を覚えてしまいます。
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右側マイナー古墳群

そしてマイナー古墳地帯へ向かいます、勝手に命名して申し訳ありませんが、ぶっちゃけ公園というかただの雑木林で歩いているのは僕ひとりだけ、誰ともすれ違いませんでした。平日だった事もありますが左側古墳群の盛況ぶりと比べると雲泥の差です。


奥の山古墳
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中の山古墳
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鉄砲山古墳(多分)
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まぁ…何と言うかフォローになってないかもですが、ボケっと散歩する分にはこちらの方が落ち着けてイイかもしれません。

 

浅間塚古墳
ラストの古墳は一旦県道(バス通り)に出なければならなくて、約10分ほど歩きますが古墳神社で一見の価値あり。

浅間塚古墳(せんげんつかこふん)
7世紀前半の築造と思われ、最近まで古墳なのかそれとも後世に築造された塚なのか議論されていたが1997年と1998年の発掘調査で幅10メートルの周濠が確認され、古墳であることが明らかになっている。
変形が激しく元々は前方後円墳であったという説もあるが現地案内板では円墳説を採っている。

前玉神社
創建は不詳、埼玉古墳群内に鎮座し本殿も古墳群の方向に建てられている。これら古墳群の首長層が前玉神社における古代祭祀集団と推定され、古墳時代に古墳群を守護する形で祀られたのが創祀になると推測する説がある。

歴史がありながらも不明で謎の多い古墳、おみやげ屋さんの古墳最中の看板を右折。
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ひっそりとしており少しだけ怖かったです
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さきたま古墳群コンプリート完了

忍城(おしじょう)

さきたま古墳公園から小一時間程歩いて行きました

忍城(おしじょう)
関東7名城の一つとして知られる忍城は、この領内を統一した成田氏により15世紀後半につくられた。上杉謙信・石田三成の水攻めなどいくたびか攻められ、難攻不落を誇ったこの城も明治6年取り壊された。現在城址公園として整備され行田市郷土博物館が開設されている。

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ぶっちゃけ鉄筋コンクリート造りでお城の形をした博物館なのですが、関ヶ原の落ち武者石田三成を跳ね除けた貫禄みたいなものは感じられます。
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「落ち武者なんだって?」と呟きながら城祉内へ
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忍城の戦い - Wikipedia

7月5日小田原城が降伏・開城し後北条氏は滅亡、他の北条方の支城もことごとく落とされ、未落城の城は忍城のみとなっていた。成田氏長が秀吉の求めに応じて城兵に降伏をすすめたので、遂に7月16日、忍城は開城した。

最後は開城(降伏)したのですが、サッカーで言うなら引き分けPK戦で敗退って感じで決して負けてはおりません。

石田三成はこの城攻めに失敗したことにより戦下手の烙印を押され、評判を大きく落とすこととなった。しかし失敗の原因は現地の地形を知らない秀吉の命令にあり、この戦いに参加した豊臣方の大名の大半は関ヶ原の戦いでも西軍に応じている。三成は秀吉死後も五奉行の一人として権勢を振るい徳川家康と対立、関ヶ原の戦いで敗れ斬首された。

まぁ当然の成り行きです、古墳の側に勝手に堤防なんぞを作った報いです。

https://www.homemate-research-castle.com/useful/16979_tour_060/

 

博物館入口入場料は200円
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博物館であり忍城同じ建物です、館内展示物は撮影不可でしたが、忍城の歴史VTRや忍城のみならず行田の歴史や産業が分かりやすく展示しており興味深いものでした。
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小説と映画「のぼうの城」の紹介もありました、多少の脚色もあるのでしょうが熱くなる物語です。

https://minicine.jp/3/0213.html

成田長親は「二万の兵で押し寄せ、さんざんに脅しをかけた挙句、和戦のいずれかと問うなどと申す。そのくせ降るに決まっておりとたかを括ってる。そんな者に降るのはいやじゃ」「武ある者が武なき者を足蹴にし、才ある者が才なき者の鼻面をいいように引き回す。これが人の世か。ならばわしはいやじゃ。わしだけはいやじゃ」「それが世の習いと申すなら、このわしは許さん」と叫びます。

ここに、500騎で2万3千の大軍の総攻撃を跳ね除け、小田原城が落城するまでただ一つ、籠城して持ちこたえた忍城の戦いが始まりました。

展示場を離れ天守(最上階)へ、お城感がゼロの内装、何だか寂れた博物館的雰囲気を感じます。
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展示物は充実しておりました、ただ天守(?)に向かう通路がちょっと寂しいだけです。。
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ただの最上階
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博物館と再三言ってしまいましたが歴史を感じる建造物もあります。時鐘(じじょう)は1717年伊勢桑名藩主・松平忠雅によって鋳造され、1823年に松平氏が桑名藩から忍藩へ移封されるのにともなって、忍城へ移されたものです。
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なお、現在つるされている鐘は、1992年に再造されたもので、本物の鐘は郷土博物館に展示されています。

やっぱりコレもレプリカでした…

 

お城を後にした直後に(日雇いの)仕事の連絡がありました、どうやら作業量の縮小で僕は急遽お休みになってしまいました。
人員削られ(T.T) 仕事干され(x_x)

僕は現代の落ち武者なのだと実感「削られたんだって?」「落ち武者なんだって?」の言葉をリフレインしながら帰途に着きました。

 

埼玉県立さきたま史跡の博物館
住所 〒361-0025 埼玉県行田市埼玉4834
電話 048-559-1111
利用時間 9:00~16:30 (入館は16:00まで)
休館日 月曜日(祝日は開館)・年末年始
料金  一般200円

忍城址/行田市郷土博物館
住所 〒361-0052 埼玉県行田市本丸17-23
電話 048-554-5911
料金 一般200円
利用時間 9:00~16:30(最終入館受付は16:00まで)
休館日 月曜日(祝日のときは開館)・祝日の翌日(土・日曜日のときは開館)・毎月第4金曜日(テーマ展・企画展期間中は開館)・年末年始
無料駐車場 第1駐車場/バス4台・普通車33台 第2駐車場/普通車23台・障害者用普通車1台