だいだらボッチの激安おでかけバンザイ

都内近郊に(たまに遠出)出かけた時の戯言が多めで9割9分がひとり行動、そして無料・安い料金で楽しめるスポットに訪問しております。僕の記事を見て「行ってみたい」「以前行ったけどまた行きたくなった」と感じて頂けたらとても嬉しいです。

キトラ古墳から橿原神宮まで真夏に徒歩で巡った明日香村観光

日本の原点を感じてしまう奈良の観光スポット明日香村は歴史好きのオヤジや歴女そしてインスタ映え狙いのギャル達が外せない場所。ですが奈良観光中心地から離れた場所にあり少々敷居は高め、どんな場所に行ってどうやって回れば良いのか戸惑う人も多いかと思います。

真夏の猛暑日に汗だくになって歩いて巡った僕の拙い訪問記を叩き台に💦明日香村観光のプランを練り現地で楽しんで頂けたら、真っ赤に日焼けした僕も嬉しくなり、また行きたくなってしまいます。
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〈目次〉

【飛鳥についてほんの軽くまとめ】
・飛鳥地方とは奈良県高市郡明日香村を中心に広くは橿原市・桜井市の一部を含む大和平野の東南の丘陵地一帯を指します。

・飛鳥時代とは推古天皇が豊浦宮に即位した6世紀の終りから、710年に奈良平城京に遷都するまでの約100年間、この間の歴代天皇は一代ごとに宮を遷都しておりましたが、いずれも飛鳥地域内でした。
※3人の天皇(15年)は飛鳥地域外に遷都

・政治的には王権をめぐっての争いが激しく、それに絡んで豪族の間でも対立が深刻でしたが、文化的には仏教が国の保護を受けるようになり、建築や彫刻など荘厳な飛鳥の文化を作り出しました。

公益財団法人 古都飛鳥保存財団|日本人の心の故郷『飛鳥』

 

飛鳥路のアクセス 

近鉄吉野線「飛鳥駅」下車
飛鳥駅へは近鉄奈良駅から電車で約1時間、色々な行き方がありますが橿原(かしはら)神宮前駅の乗り越えは共通、近鉄吉野線に乗り2駅先が飛鳥駅です。
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駅前にはレンタサイクル店があります、営業時間前だったのと橿原神宮を最後に回るコースを考えていたので歩いて散策しましたが、他の場所に乗り捨てが可能(別途料金)な事を後で知って後悔、自転車で時間短縮そして風を感じながらの観光がベターです。

飛鳥路のレンタサイクルは、奈良の明日香レンタサイクルへ!

観光ルートの歩道はきちんと確保されてますが田舎道なので(失礼💦)車のスピードは速めなのは要注意

レンタサイクル:平日900円・土日祝日1000円
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1日で全部は相当急がないと不可能、明日香村を満喫する為にも、行かない場所や遠くから見て流す場所はどうしても出てきます、僕はあまりの暑さで断念した場所もありました(ノД`)

まずは飛鳥駅を背にして直進します。
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明日香村観光の一番のポイントは最南端で若干離れたキトラ古墳をどう攻略するか、僕は朝一の訪問で向かいました、暑さと案内板の1.5kmの表記を見て(往復だと3km💧)断念しそうになりましたが、やっぱりキトラの名前に惹かれて訪問を決意、直進すると高松塚古墳方面で右折はキトラ古墳方面。
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暑くて♪キトラ~♪とか勝手な歌を歌いながら歩きます
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途中で古代を思わせる建物がありましたが、見ただけでスルーですよ、どうせ観光用に作ったんだろと斜に構える僕、暑いと心が荒みますね。
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あれがキトラかな?何だか違うっぽい…
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あっ!あのインチキくさい3本木はキトラなはず間違いない!
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キトラ古墳・高松塚古墳

道路を挟んで左側がキトラ古墳と四神の館、そして右側は公園、僕は先を急ぐ事もあって公園はスルー。
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危ないので車道の往来は厳禁、地下道を利用して往来します。
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まずは展望台へ
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インチキ三本木の場所からの眺望です。
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展示館の四神の館は入場無料、ただし撮影不可で検温や住所の記入と厳戒体制。
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国宝となったキトラ壁画の見学なのですが、事前のキトラ解説のモニターが長く途中で退室してしまいました💦先を急ぐばかりに情緒の無い失礼な事をしてしまったと反省しております(>_<)
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一見こちらも公園かと見間違うかもですが、こちらがキトラ古墳のある場所。
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そしてこれがキトラ古墳なんだか小綺麗な小山で拍子抜けする僕
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特別史跡 キトラ古墳
キトラ古墳は7世紀末から8世紀初め頃に造られた古墳で丘陵の南側斜面に位置します。 現在の墳丘は、下段部分を築造当時の大きさに復元しています。 鎌倉時代に盗掘を受けていましたが、刀装具片・琉拍玉などの副葬品の一部と、木棺片・棺の飾金具・人骨などが出土しています。
昭和58年に行ったファイバースコープによる石室内部の探査で、北壁に玄武が描かれていることが分かり、高松塚古墳に次ぐ大陸的な壁画古墳であることが明らかとなりました。 その後の小型カメラによる探査では、青龍、白虎、朱雀、 十二支像、 天文図がみつかりました。石室内部の小型カメラによる探査では、壁画が危険な状態にあることも明確となりました。そのため、早急な対応が必要とされ、平成15年に仮設保護覆屋を設置し、平成16年に石室内の調査を行いました。その結果すべての壁画を取り外して保存処理を行う方針が決定しました。この方針を受けて平成22年までにすべての壁画が取り外され、修理が進められました。現在は壁画の保存・公開が行われています。

地下道から道路右側に渡り四神の館の別館で冷たいお茶を飲んで、次の目的地高松塚古墳を目指します。
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さっきの三叉路にもどり今度は坂を登る(写真から見て)直進ルートを歩きます、この道路も車の往来スピードが速い。。
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高松塚古墳も道路を挟んで左側に壁画館、右側に古墳があり地下道での往来。
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公園内を進んでいきます
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もっと道路から近い場所に作っとけ!暑くて心が荒んだ僕はもう写真撮るだけでも面倒くさい(´Д`;)
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5分ほど歩いてようやく高松塚古墳に到着、「キトラとどこが違うんだ?」と思ってしまうのは僕だけではないはず。。
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特別史跡 高松塚古墳
高松塚古墳は7世紀末から8世紀の初め頃に通られた古墳です。 昭和47年の発調査で日本で初めて石室内に描かれた壁画が発見されました。 墳丘の内部には16枚の凝灰岩の切石を箱形に組んだ石室がありその内面に塗られた源喰を下地として、壁に色鮮やかな男女群像や青龍・白虎・玄武・日月像・天井に星宿が描かれていました。 こうした壁画古墳は、日本ではこの高松塚古墳とキトラ古墳しか知られていません。 石室は中世に盗掘されていましたが、 大刀の鎌金具・銅鏡・ガラス玉などの副群品の一部と漆塗り木棺の破片などが出土しています。
壁画の発見後、石室南側に保存修理のための施設を建設し保存対策を行いましたが、画の劣化を止められず、平成17年に石室ごと取リ出して修理することを決定しました。平成19年に石宝を墳丘から取り出し、約500m離れた仮設修理施設で修理作業を進めています。現在の高松塚古墳は、発掘調査の成果などをもとに当時の姿に復元したものです。

高松塚壁画館 入場料300円
壁画発見当時の現状模写や一部復元模写の展示、石槨の原寸模型のや副葬品のレプリカを展示。レプリカだらけですがそれだけ古い時代の品なので仕方ないです、涼みながら見学しておりました。
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石舞台古墳

そして楽しみにしていた石舞台古墳へ、小学校の時に一度行ったきりであの時は寒い春先で雨の中の見学でした。しかし今回は無駄に晴れまくりの猛暑日で汗だく…ホテルに荷物を置いての手ぶら観光でホントに良かった。
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途中には天武・持統天皇陵がありますが、歩きながら遠くから見るだけ「古墳でワッショイ」と叫びながら先を急ぎます。
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亀石交差点を右折、亀石も勿論スルー。
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明日香村は所々に案内板があってホント分かりやすい、自転車だったらもっと快適だっただろうなと悔やまれます。
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インチキくさい牛のぬいぐるみが見えたら石舞台はもう目の前
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入場料は300円
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どーんと石舞台古墳
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石舞台古墳は、奈良県明日香村にある古墳時代後期の古墳。国の特別史跡に指定されている。 元は土を盛りあげて作った墳丘で覆われていたが、その土が失われ、巨大な石を用いた横穴式石室が露出している。埋葬者としては蘇我馬子が有力視されている。

石舞台古墳 - Wikipedia

日本史の教科書でもおなじみの、最もポピュラーな古墳なのではないでしょうか。この日も割と多めの観光客、みんなの心をつかんでいるのは何となくモアイっぽい感じがするからなのでは?と妄想。
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みんなが大好き石舞台古墳、それにしてもガイドのおじさん暑くて大丈夫かな??
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おじさんがコロナ防止のため一生懸命入場者をコントロールしております、そんなおじさんの気持ちに応える為、汗だくのマスクを着用して入場。
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下の石は元々は一枚岩で地震の時に亀裂が入ったみたいです、どこの仕事場も一枚岩でないな~と感じ見入ってしまう日雇いの僕。
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足早に石舞台を後にして、来た道を若干引き返し今度は飛鳥寺に向かいます。
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石畳の趣きのある道
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今回は向かう途中にある橘寺・岡寺をスルーしてしまいました。今度来る時には自転車でもっと効率良く回れればイイな…と実感。そして石舞台おじさんに「あの時はホント暑かったですね~」と言いながら石室内で酒を酌み交わしたいものです。

 

飛鳥寺

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飛鳥寺
「日本書紀」によれば、 崇峻天皇元年(588)に蘇我馬子は法興寺を建立することを計画、同5年には仏堂(金堂) 歩廊(回廊)が完成、 推古天皇元年(593)には塔を起工し、同4年には一応の建物が完成した。同13年には丈六仏像を造り、翌14年に安置したとある。日本最古の本格的な寺院でその造営に際して多くの博士・工人が朝鮮半島から渡来してあたったことが記されている。
大化改新や天皇の病気平癒など飛鳥時代を通じて飛鳥における中心的な役割を果たしたが、建久7年(1196)に消失し現在に至る。法興寺·元興寺とも称され、現在は止利仏師の作と伝える重要文化財の金銅丈六仏が残る。
昭和31年から継続的な発掘調査の結果、塔を中心に三方に金堂を置き、北側に講堂、南側に中門· 南門の跡があることが判明した。寺域は南北290m、東西200~250mの規模をもち飛鳥では大官大寺とともに最大規模の寺院であった。

昔はこんな感じでしたが
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今はこんな感じ
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てっきり法隆寺が最古の寺でFAだと思っておりました…建立は飛鳥寺の方が古いのですが現存している建物で言うと法隆寺が最古という称号が一般的なのです。
そして必見は飛鳥大仏で何と日本最古の大仏、ただし後世の補修箇所が多く、造られた7世紀当時の部分がほとんど残っていないとされている為に重要文化財指定。
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どこか大陸を思わせるお顔立ちで、まだ仏教の年月が浅い当時の雰囲気を醸し出しており飛鳥時代に想いを馳せて見入ってしまいます。そして住職さんに撮影可能な事を確認して、お隣のおじさんにも教えてあげる仏のような僕であります。
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そして近くには蘇我入鹿の首塚があります、そして誰のバイクでしょうか?GSX750S3[通称3型KATANA]が駐車してありました。84年製でこちらも古いバイク、そして蘇我入鹿は刀でやられたんだぜ!という意味合いもあるのかもしれません、芸が細かいですね~飛鳥寺(・∀・)
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売店には古代のチーズの蘇(そ)が販売、斬新ながら売り切れでしたが、なんと試食品がありました。
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ミルクっぽくないチーズというかおからにバターを混ぜたというか不思議な味で結構好きな人多いんじゃないでしょうか?スーパーでも気軽に販売して欲しいものです。
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橿原(かしはら)神宮

最後は橿原(かしはら)神宮の参拝です、飛鳥寺から小一時間ほど歩いて橿原神宮にむかいました、もう日焼けで顔が真っ赤。

橿原神宮前駅東口より徒歩10分
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神武天皇と皇后を祀るため神武天皇の宮があったとされるこの地に1890年明治天皇により創建されました。
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建国の聖地 橿原
天照大神の血を引く神倭伊波禮毘古命(後の神武天皇)が、豊かで平和な国づくりをめざして、九州高千穂の宮から東に向かい、想像を絶する苦難を乗り越え、畝傍山の東南の麓に橿原宮を創建されました。

橿原神宮

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何とも広大な神社で爽やかな風が吹いておりました
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こちらは外拝殿
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外拝殿から本殿と畝傍山を臨みます(営利目的は撮影不可)優しい風が流れており、今回の激暑だった明日香村の訪問がよい思い出になった気がいたします。
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神楽殿には車椅子のお婆さんがご主人と一緒に参拝している姿が見えました。
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お婆さんは橿原神宮と畝傍山(うねびやま)に向かい「ありがとう」と言っておりました、ご主人に言ったのでしょうか?それともこの景色に?多分全てに対してありがとうと言ったのだと思います。

僕も同じ場所で同じ景色を見て「ありがとう」とつぶやきました。
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