だいだらボッチの激安おでかけバンザイ

都内近郊に(たまに遠出)出かけた時の戯言が多めで9割9分がひとり行動、そして無料・安い料金で楽しめるスポットに訪問しております。僕の記事を見て「行ってみたい」「以前行ったけどまた行きたくなった」と感じて頂けたらとても嬉しいです。

ガッカリ世界遺産とは言わせない「富岡製糸場」の国宝や重要文化財はみんな大好きだ~

社会科教師にありがちな事ですが、1年間の歴史の授業において古代から現代までを収めきれず終盤の近代史が手薄になったり、はたまた近代までたどり着けず3学期(1年間)が終ってしまう教師も少なからずいると思います、全く毎年同じ事して何やっているんでしょうね…。
そう言えば昭和58年小学生最後の授業は日本史でした、前回(先週)の授業は大政奉還(江戸時代)で終了、怒涛のラストスパート巻き返しが期待出来ます。
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もう先生は明治維新から第二次世界大戦敗戦までをダイジェスト版のごとく大きく流し、最後は大泣きしながら「もう戦争はしちゃいけないんだ!」の言葉で無理矢理終わらせた日本史授業(ノД`)

そして3日後の卒業式の日には感極まって大泣きしながら
「みんな大好きだ~」
と叫んでいた先生、そして卒業式の帰り道に先生のモノマネをしながら
「みんな好き者だ~」
と叫んでいたクラスメイトの外吉(がいきち:ニックネーム)ちなみに下は外吉最近のSNS投稿、まったく昔も今も歩く緊急事態宣言なのです。
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そんな僕らの中でスッポリ抜けてしまった日本近代史、その原動力となり象徴でもあった世界遺産の富岡製糸場に本日お伺いした次第です。

〈目次〉

上信電鉄で上州富岡駅へ

高崎~上州富岡の運賃は810円 f:id:earth720105:20210109161512j:image

間違って西富岡までの切符を買ってしまいました💧切符にハサミ入れて貰うなんて久々(小学生以来)なので少し戸惑ってしまいました。
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お得な往復割引券購入をオススメします
僕は知らずに通常料金で訪問してしまいましたが、お得なチケットを購入すれば420円もお得だったのです…今更ながら悔しい限り(ノД`)
高崎駅~上州富岡駅間の往復電車賃(1,620円)+富岡製糸場見学料(1,000円)がセットになって、通常2,620円のところ2,200円で利用できるお得なチケット、往復それぞれ1回に限り途中下車が可能で、チケットは見学記念としてお持ち帰りが可能、割引券は上信電鉄高崎駅で購入出来ます。

富岡製糸場見学往復割引乗車券 | 上信電鉄株式会社

蒟蒻畑でおなじみ地元企業「マンナンライフ」のラッピング車両は0番線から発車。
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空き地(?)を越えて
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川を越えて
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たまにオモシロ電車たちとすれ違って
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上州富岡駅に到着です
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駅から現地までは基本「直進→右」の分かりやすいルート
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引用先:世界文化遺産 富岡製糸場から草津温泉へ 周辺観光MAP

現地に向かう道の所々に案内板があります
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約10分で富岡製糸場に到着、ガッカリとか微妙だと思う世界遺産ランキングでは上位常連の富岡製糸場ですが、日本が新しい時代に入り欧米に負けない国づくりを目指した時代の象徴とも言うべき存在。そしてその建物が当時とぼぼ変わらずに保存されている事に胸を熱くして見学するのを強くオススメします。
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富岡製糸場の国宝

入場料は1000円  少人数であれば事前予約はしなくても入場出来ます(2021年1月現在)。
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~富岡製糸場の歴史についてほんの軽くまとめ~
①江戸時代末期に開国した日本は、生糸が主な輸出品となっていたが、粗製濫造の横行によって国際的に不評、そのため官営の製糸工場建設が計画、1872年にフランスの指導者や技術を導入して国内の模範となる「富岡製糸場」が設立。
②しかし内乱等による緊縮財政からわずか操業8年で三井家に払い下げられるが、その後三井物産は工業から商業へ経営路線を変更、1902年に生糸商の原合名会社が経営を引き継ぐ。
③日中戦争勃発や社長の高齢、そして息子の急逝などがあり、1939年に片倉製糸紡績に経営を一任。戦後大量生産と効率化により生産量か伸びるが、絹製品の需要の減少や中国・韓国からの輸入増加により国内の製糸業は衰退、富岡製糸場は1987年に操業を停止。

東置繭所(国宝・明治5年建築)

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バリバリ官営工場のイメージがある富岡製糸場ですが、民間だった時期も長く経営に携わった会社も多く意外な印象。そして片倉工業は富岡工場を閉業した後も売却や一般向けの公開をせずに維持と管理に専念、その結果数多くの建物が良質な状態で保存されております、写真は東置繭所と高圧変電所。
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当時世界最大規模を誇った製糸工場は百数十年の時空を経ても当時とほぼ変わらない姿を今に伝えております。

この言葉が富岡製糸場が世界遺産に認定されている所以であるとつくづく実感

【場内案内イラスト】
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引用先:パンフレットダウンロード | しるくるとみおか 富岡市観光ホームページ

当時はカイコが繭を作るのは年に1度きりのため、大規模な貯蔵庫が必要だったのです(2階の保管場)
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東置繭所の1階は資料館と売店(一部撮影不可)まずは富岡製糸場の歴史と製糸についての解説。

建築資材はガラスや鉄製窓枠など一部を輸入しましたが、主な資材は現地で調達されました。建健築方法は木骨レンガ造や小屋組みのトラス構造など西洋の建築技術と、養蚕農家に見られる換気用の越し屋根や漆喰で積まれたレンガなどの日本建築の技術を合わせもった工法が使われています。我が国では唯一完全な形で残る明治初期の木骨レンガ造建築です。

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江戸時代には座繰り器で糸を造っておりましだが
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明治時代になりフランス式の製糸器で造り始めます
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西置繭所(国宝・明治5年建築)

そしてこちらが西置繭所まぁ東と対して差はナイのですが(失礼な事言ってます💧)
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歴史好きの僕にとっては年表に目が釘付け

計画を取り仕切ったのが、当時大蔵官僚だった渋沢栄一。渋沢は現在の埼玉県深谷市で養蚕業も営む豪農の家の生まれで、養蚕や生糸に関する知識と、欧州への渡航経験があることを買われて大役を任されたのだ。
横浜の商社で生糸検査人をしていたフランス人のフランソワ・ポール・ブリュナを指導者として雇い入れ、渋沢のいとこで民部省の役人だった尾高惇忠がブリュナと共に建設予定地の選定に当たった。尾高は、後に富岡製糸場初代場長を務めることになる。
世界遺産「富岡製糸場」の歴史:大規模洋式工場に宿る和の文化 | nippon.com

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富岡が選ばれた理由
①繭の集荷がしやすい養蚕地域
②富岡の人々は工場建設に積極的
③繭の貯蔵上に適した土地で、冬でも積雪や雨が少ない「空っ風」が吹く乾燥地
④工場は鏑川(かぶらがわ)に沿った河岸段丘上の平坦地で利根川や江戸川を使って東京への舟運が可能
⑤高崎炭田が近く工場の動力源を確保しやすい

1900年頃は中国を抜いて世界一の生糸輸出国になった日本、生糸が稼いだお金で近代化を進めていきました。生糸の品質改善・生産向上を急ぎ、欧米列強に負けない富国強兵を目指した象徴でもある場所なのです。
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2階ベランダからの景色、煙突の先は2014年の記録的な大雪で半壊しまった乾燥場で現在は修復中。
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操糸場(国宝・明治5年建築)

操糸所には圧巻の機械が保存展示されております
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操糸所は、繭から生糸を取る作業(操糸)が行われていた場所です。 創業に当たりフランス式の操糸器300釜が設置され、その当時、世界最大規模の製糸工場でした。
小屋組には「トラス構造」 という従来の日本になかった建築工法が用いられました。そのため、建物内部は中央に柱のない広い空間が保たれています。 さらに、採光のための多くのガラス窓や、屋根の上に蒸気抜きの越屋根が取り付けられました。現在は昭和41年以降に設置された自動操糸機が保存されています。

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トラス構造とは三角形を組み合わせた西洋式の骨組み、梁に直接の力がかからない為、柱のない大空間で大きな機械を置く事が出来ます。何だかいつもの日雇い連中が「オレは5台余裕で出来る」とかイキった事を言いそうな機械に見えてきました(ノД`)トホホ
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こちらは富岡製糸場で技術を学んだ工女の横田英さん、堂々と大きなパネルが置かれており、今で言うところの選抜メンバーでセンター定位置レベルのカリスマ工女だったのでしょう。

和田英(横田英)|富岡製糸場
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何を申しましても国元へ製糸工場が立ちますことになって居りますからその目的なしに居る人々とは違います
横田英 (『富岡日記』より)

センター工女に相応しい言葉で気の強い英ちゃんに激萌え(´Д`;)ハァハァ

 

当時の面影のある関連施設

工場周辺にあるのは工女の寄宿舎をはじめとした関連施設で、残念ながら建物内には入れませんが、当時の面影を残したまま保存されております。

首長館(重要文化財・明治6年建築) 

設立指導者として雇われたフランス人、 ポール・ブリュナのために建てられました。ブリュナは任期満了の明治8年12月まで暮らしました。建物は後に、宿舎としてのほか、女性従業員の学びの場として、また、娯楽行事や式典などを行う会場とし て使われました。現在は「片倉富岡学園」の校舎として使われていた状態で残り、部屋には「学園講堂」や「洋裁室」「第一教室」などの看板が付いています。木骨煉瓦造、平屋建で、周囲にはべランダが回ります。用途が変わったことから内部は改造されていますが、 床下には建設当初からの煉瓦造の地下室が残ります。

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そして首長館のお隣には工女寮が…全くヤラシイ首長ですね(`ヘ´) プンプン。
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寄宿舎・榛名寮(大正17年建築)

首長館(ブリュナ館・写真右)の西側に隣接して建てられた女性従員のための寄宿舎2棟のうちの1棟です。 三井経営期の明治29年(1896)に建築された鏑寮(現存せず)の北側に原経営期に建設されました。 痕跡から2階建ての民家を転用し、増築・改造したものと考えられます。各部屋が20畳以上の大部屋となっているのが特徴です。壁や押入れには映画俳優のプロマイドが貼り残されています、また寄宿者が休日に調理を楽しんだ1階西端の割烹室には調理器具や食器類がそのまま残されており、建物の随所で女性従業員の暮らしが感じられます。

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そしてこちらは昭和15年に建築の寄宿舎、左が妙義寮で右が浅間寮。室内には当時のアイドルのポスターや観光地のペナントが貼られているそうです、そんなミーハーな一面を持った工女に小学生時代の先生はムラムラ(>_<)
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夜中に忍び込んで「みんな大好きだ~」と乱入していく姿を妄想してしまいます。。
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そして白衣のお姉さんを探しに用も無いのに診療所(昭和15年建築)の周りをうろつく小学生時代のクラスメイト「外吉」を妄想、当時保健の先生目当てで、よく仮病を使って保健室に行ってた彼がまるで昨日の事の様(>o<)
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女工館 (重要文化財・昭和6年建築)

伝習工女に器械製糸の技術を教えたフランス人女性教師4名のために建てられました。建物は後に、役員用宿舎として利用されたほか、娯楽活動の場としても使われました。

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更には外国人女性教師と聞いて「外吉」はもうハァハァ…窓を見て洗濯物のチェックをする事でしょう。。
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みんな好き者だ~(ノД`)

富岡製糸場
住所:群馬県富岡市富岡1-1
電話:0274-67-0088
H.P.: http://www.tomioka-silk.jp/tomioka-silk-mill/
料金:大人1000円
営業時間:9:00~17:00 (受付は午後16時30分まで)
休館日:毎週水曜日(水曜日が祝日の場合翌木曜日)・年末年始
※20名以上の団体は要予約