30代の頃に1年間だけ園芸関連の雑誌広告を取り扱う会社に勤めていた事がありますが、植物全般に全く興味のナイ僕にとっては仕事が地味でつまらなく感じる毎日でした(写真は駒込駅前ロータリー)
JR・東京メトロ「駒込駅」徒歩7分の場所にある六義園は四季に色々な彩りがあり、植物好きな方々とっては魅惑の庭園なのでしょうが僕にとってはチンプンカンプン…じゃあ何故ゆえ六義園に行ったかというと
書くネタが無くて仕方なく行っただけ(ToT)
六義園は五代将軍「徳川綱吉」の信任が厚かった川越藩主「柳澤吉保」が元禄15年(1702年)に築園した和歌の趣味を基調とする 「回遊式築山泉水」の大名庭園です。 当園は江戸時代の大名庭園の一中でも代表的なもので、 池をめぐる園路を歩きながら移り変わる景色を楽しめる繊細で温和な日本庭園です。
明治11年(1878年)に三菱の創業者である「岩崎彌太郎」の別邸となりました。昭和13年(1938年)に岩崎家より東京市(当時)に寄付され、昭和28年(1953年)に国の特別名勝に指定された貴重な文化財です。
【入園料】
・一般:300円
・65歳以上:150円
(小学生以下及び都内在住・在学の中学生は無料)
・20名以上の団体・一般及び中学生:240円
・20名以上の団体・65歳以上:120円
三菱財閥とは大きく違って1年間勤めた会社のメンバーは僕を含め6名
・社長(父親)引退状態の非常勤
・専務(息子)実質社長
・部長(息子の学生時代の友人)管理職とは名ばかりの一兵卒
・内勤は制作の噂話好きのオッチャンと事務職の女性、そして営業という名の小間使いの僕
少しでも人間関係がこじれたら居場所が無くなってしまう様な職場でした。。
六義園の見どころスポット①池に浮かぶ蓬莱島と臥龍石
腰痛持ちで定期的に立てなくなってしまう部長は「少しだけでもいいから(植物に)興味を持て!」と僕に訓戒を垂れておりましたが
腰痛で不機嫌なせいか度々お客さんに向かって「あんたねぇ~」とか失礼な電話応対をする部長、植物より言葉使いや礼儀に興味を持った方が良いのではないでしょうか??
外出先でサボりまくる僕が気に入らないらしく後半の半年間は言葉を交わす事は殆ど無い部長でした(´・ω・`)
六義園の見どころスポット②つつじ茶屋
明治維新後、岩崎家は六義園を所有し、庭園を修復すると同時に、園内各所に酒落た亭を建てました。その多くは焼失してしまいましたが、唯一現存しているのが、つつじ茶屋です。柱と梁にツツジの木を使っている(内3本の柱はサルスベリの木)他に類を見ない貴重な建物です。ツツジの木はきわめて成長が遅く、柱として使えるような材木を集めるのは非常に難しかったと思われます。全体に老朽化が進んでいるため周囲を栗の木の控柱で補強しています。
気さくな方ですが人のプライベートを知る探偵ごっこが大好きな専務、とある事情で取引先社長の愛人宅を調べる仕事(?)の際には、嬉々として車を走らせていた事を昨日の様に覚えております。
専務の口癖は「ウチは社内恋愛は禁止!」選択肢が1つ(女性1名)しか無い職場で、そんなに口酸っぱく言う必要があるのでしょうか?甚だ疑問です。
近くにある吹上茶屋で休憩しようと思いましたが抹茶セット(850円・抹茶と和菓子)の値段を見てパス、当時も今も恋愛しようにも所持金の無いビンボーな僕なのです。
六義園の見どころスポット③藤代峠頂上からの景色
藤代峠は六義園全体を見渡せる絶好のビューポイント、江戸時代には富士山が見えたらしく富士見山と呼ばれておりました。
会社(専務)から支給された携帯電話で外出先(サボり先)がバレバレだった僕、あの時も○○会社と記した出先帳と照らし合わせた専務が「庭園なんぞでサボってやがって…」と呟いていたのでしょうか??
一番閉口したのは社内恋愛禁止とか言っておきながら「ウチの姉ちゃんはどうだ?」とか言ってきた事です(´・ω・`)
親族ぐるみで僕の行動を監視するつもりだったのでしょうか??
六義園の見どころスポット④渡月橋
まぁ…この話にのれば、もしかしてビンボー脱出と思ったのは事実ですが、実際お姉さんとお会いしても「こんなキモイ奴はヤダ!」となるのは既定路線だった事でしょう(ノД`)
経営陣への道は大きな断絶があるのです(>_<)
ちなみにこの渡月橋は「和歌のうら芦辺の田鶴の鳴声に夜わたる月の影そさひしき」という和歌から名付けられたと言われています。
水面に浮かぶ月の姿を愛でた歌、僕もお金に困る事なく和歌を詠みながら情緒のある暮らしをしたいものです。
専務「姉ちゃんとの新居を用意してあげたからさ!(監視カメラ&盗聴器付)」(ToT)
六義園(りくぎえん)
住所:東京都文京区本駒込6-16-3
開園時間:午前9時~午後5時
(入園は午後4時30分まで)
休園日:年末・年始
入園料:一般 300円