だいだらボッチの激安おでかけバンザイ

都内近郊に(たまに遠出)出かけた時の戯言が多めで9割9分がひとり行動、そして無料・安い料金で楽しめるスポットに訪問しております。僕の記事を見て「行ってみたい」「以前行ったけどまた行きたくなった」と感じて頂けたらとても嬉しいです。


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【墨田区鐘ヶ淵の必見スポット】紡績のカネボウ公園と防災の白髭東アパート

広告代理店とは名ばかりの新聞折込チラシを制作する会社に営業職で3年間ほど勤めていた事があります。
「魂を込めた折込チラシを作れ!」という部長の言葉が大嫌いで、コレってデザインと呼べるのかな?といった疑問を抱きながら原稿を鞄に入れて取引先の会社に持って行っておりました。


係長はやっぱり格好イイ仕事をやりたい気持ちがあるのかファッション・化粧品メーカーを中心に飛び込み営業をして「おたくのブランドの広告を取り扱いさせてくれ」と身分不相応な事を言っていたそうです…「チラシ屋が何言ってるんだろう?」と飛び込み先の担当者もさぞかし目が点だった事でしょう。。

都心に本社を構えるとこういう余計な人達が呼ばれもしないのにやって来ます、こういう輩には「窓口は創業場所で受付ております」と言ってシャットアウトするべきでしょう。例えばカネボウ化粧品の本社は中央区茅場町ですが創業の地は墨田区鐘ヶ淵、東武スカイツリー線「鐘ヶ淵駅」から徒歩約10分の場所にあるのです。
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〈目次〉

係長は「ギラギラした気持ちで飛び込み営業をかけていく」が口癖でした、仕事を取ってくるんだ!という熱い気持ちを持って訪問先の会社まで歩いていきたいものです。
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困難な局面にも怯まずにぶつかっていく精神力が必要なのです。
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途中お腹がすいたらお惣菜を買って食べながら歩いて訪問先の会社へ向かいましょう
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グラウンドの先にカネボウのロゴが見えます、あそこがカネボウ発祥の地、現在は㈱KCロジステックスという物流会社になっております。
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鐘紡発祥の地  カネボウ公園

カネボウについて軽くまとめ
・1887年東京綿商社として設立その後鐘淵紡績㈱に社名を変更

・戦前から1950年代までは綿を取り扱う繊維企業で「紡績界の名門」と高く評価されていたが、1960年代に合成繊維という代替品が出現し天然繊維を主力とする鐘紡の収益が大きく低迷。

・鐘紡を復活する為に「繊維・薬品・化粧品・住宅・食品」の5分野に多角化する方針を決断、多角化路線を推し進めるが、祖業である繊維部門からの撤退に遅れたため収益が悪化、多角化路線も化粧品部門以外は不採算事業となる。

・繊維をはじめとする他の事業の赤字を化粧品事業の黒字が補完する収益構造が続き、粉飾決算を繰り返す首脳陣だが2005年に証券取引法違反で逮捕。

・化粧品事業は花王、繊維事業はセーレンといった具合に競合他社に事業売却される形でその歴史に幕を閉じた、現在の「カネボウ」は花王の化粧品事業として存続している。f:id:earth720105:20210307114911j:image

ギラギラして飛び込み営業してもカネボウ自体は消滅してしまった会社なのでしたf:id:earth720105:20210307114929j:image

公園は健在ですが
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かろうじてゲートボールが出来そうなだけのスペース
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脱力感満載でギラギラした気持ちも萎えてしまいベンチに座って佇んでしまいます、かつての大企業の名を冠した公園が荒れ地同然でまさに栄枯盛衰。
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カネボウ発祥の石碑で裏には文字が刻まれております。
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発祥碑由来記
此の地は古くから沈鐘の伝説があり、江戸時代に入って 将軍徳川吉宗公が之の引揚げを下命しましたが成功せず鐘は毎夕月の出と共に燦然として光を放ったといわれます。 周辺の風光明媚を愛でて徳川氏はここを将軍家専用の野菜畑とし御前栽と称しました。
明治二十年近代工業の先覚としてこの地に東京綿商社が設立せられ、紡績機械ニ万九千錘を英国より輸入して東洋第一の紡績工場を建設、明治二十二年社名を鐘淵紡績株式会社と改称しました。 爾来近代日本の進展と共に工場は拡大し、その技術は全国津々浦々に結実し製品はカネボウの名声と共に遠く欧米各国を席巻しました。 また過ぐる関東大震災、東京大空襲当時その職に殉じて斃れた者は五十余柱に及びました。
いまここに時代の進運と共に工場の移転を実施するに当って鐘紡稲荷神社並びに慰霊観音像を奉安し八十余年に亘ってうけたこの地域社会の御かげを感謝すると共に老人と児童の憩いの場を設けて記念庭園とし永く先人の偉業を偲ぶよすがとなることを切願するものであります

昭和四十年十月二十日
鐘淵紡績株式会社 社中一同

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お隣には東京大空襲で戦災し亡くなった方々の供養碑
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今となっては都内の隠れたB級スポット状態なのでした
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都営白髭東アパートはファイアーウォール団地

諸行無常の鐘紡でしたが
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スカイツリーの見える方向に歩いていくと巨大な団地が出現、まるで万里の長城みたいに連なっております。
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ココが「都営白髭東アパート」隅田川沿いにそびえる団地で、1号棟から18号棟までが壁の様に繋がっており長さは1km以上。
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1977年に竣工したこの団地は荒川と隅田川に囲まれた江東デルタ地帯にあり海抜0メートル地帯が多く軟弱な地盤や木造住宅密集地と災害に弱いと言われるエリア。

白鬚東地区/東京都第二市街地整備事務所 | 東京都都市整備局
実際に関東大震災や東京大空襲の時も火災によりこの近辺で多数の死傷者が出ております。
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災害の際には避難場となる東白髭公園が、火災に巻き込まれない為にファイアーウォールの役割を果たしている団地なのです。
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有事の際にはシャッターが閉まって壁となるトランスフォーム仕様
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銅像もあり(墨田区登録有形文化財の榎本武揚像)そんじょそこらの団地とはスケールが違います。
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更には隅田川神社の参道と鳥居があったりもします
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シャッター団地の名に相応しく団地内店舗はシャッター商店街でワンちゃんはチョッピリ寂しそう(>_<)
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巨大な開閉扉や放水銃が設置してありもはや基地状態
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そして屋上には巨大は給水タンク、格好良すぎの防壁団地で、僕の住んでる団地とはスケールもビジュアルもえらい違いです。
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公道だっていざという時にはシャットアウト
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ついでに時代遅れのギラギラした飛び込み営業連中もシャットアウトして欲しいものです
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行く先々で門前払いを喰らって心が折れて黄昏れるのにピッタリの公園でもあります。
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しかしくつろいでいる団地の若奥様を見ているとまたギラギラしてしまう飛び込み営業マン(ノД`)
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